【SS】月、もしくは街灯のスポットライト
銭湯の帰り道、春とはいえまだ肌寒い夜。
湯上りの火照った体には少し寒いくらいがちょうどよくて、僕は目の前を歩く五色の背中を見ながら歩いている。
月のない夜は真っ暗で、とはいえ街灯の明かりがあるからそこまで怖くはない。だからこそ一番後ろを歩いている。
何かあったら、隣を歩く青のパーカーを引っつかめばきっとなんとかなる、いや、なんとかして僕だけでも逃げる。
そもそも銭湯から帰る成人男性、しかも六つ子なんて誰が狙うだろう。不審者だって幽霊的なサムシングだって何にも面白くないはずだ。
僕の不安は丸ごとすべてただの妄想で想像。
例えば僕の散歩後ろ、今さっき通り過ぎた電信柱の影に誰かが潜んでいる。例えばおそ松兄さんが潜った街灯の上、知らない何かが僕らを見下ろしている。
想像だ。知らない何かが僕らをじいっと見ている。
考えていると、本当に何かがいるような気になってしまって、自然と足が止まった。
知らない何かはきっと人じゃなくて、だから僕の目には見えなくて、けれどそこにいる。見ている。その目だけが、僕らの、六色のパーカーが通り過ぎていくのを、毎日、毎日、あの街灯の上から。
湯上りで体が温まっていたはずなのに、さっと背中が冷えたような心地を味わう。
ちらりと後ろを振り返った。もちろん、誰もいない。転々とつく街灯だけがある。恐る恐る、街灯を見上げた。何か、あの上に。
「トド松?」
慌てて前を向く。半歩前、パーカーの袖をおろしたカラ松が同じく足を止めて僕を見ていた。想像を中断して、なあにとなるべく何事もないように返事をする。
「置いてかれるぞ」
「うん、行くよ」
歩き出す。想像は、そこまでにした。これ以上続けると今日の夜もトイレに行けなくなる。
家から帰る道の間でさえ想像が膨らむのだから、家の中ならもっとだ。僕は自分の想像が本当のような気がして、真っ暗な家の中で身動きが取れなくなる。
「また怖い想像してたんだろう、懲りないよな」
「カラ松兄さんは起こしてないからいいでしょー」
並んで歩く。僕の犠牲になるのはいつも、チョロ松兄さんだ。そんな非科学的なものあるわけないでしょ、バカじゃない。その一言で僕は、ああそうか、存在しないんだとあっさり現実に戻ることが出来るから。
「今日は何を?」
「ええとねえ、街灯の上になんかいそうだなって」
「影じゃなくて? 明かりの上?」
「明かりの上だから、暗いでしょ」
カラ松はうーんと首を捻って、足を止める。ちょうど、赤塚区三丁目、と番号を振られた街灯の下に差し掛かっていた。僕も止まって、二人で街灯を見上げる。
「確かに」
ぼそりと呟くカラ松の声に、僕は黙り込む。僕の想像が本当になっちゃったらどうしよう。そんなことあるわけない、わかってるんだけど、想像が悪い方向に転ぶとどんどん加速してくのは何でなのか。
「俺も怖くなってきただろ……」
「なんでうつってんの、バカじゃん……」
どちらともなく、お互いの肩をぶつけた。手を繋ぐなんて恥ずかしくて出来なくて、そうやって体をくっつけながら歩き出す。
見上げた明かりは、月のない夜だからか、いつもより眩しく見えた気がした。もしかして、何かが見つからないようにいつもより明るくしてたなんてことないよねって言うのだけは、我慢した。