十章 それからいままで真っ直ぐに
「やっぱり記憶をもったまま転生するのは難しいんだね」
「そもそも、これ何回目? 俺たちがおかしいんだよ、記憶をもったままこんなに転生するなんて」
「因果も絡み合って、ついに六つ子になっちゃったしねー!」
「来世来世、来世に期待しよう」
松野トド松。松野家の六つ子の末っ子だ。僕の兄弟はどこか不思議なところがあって、時々こうして輪廻とか前世とか転生の話をしている。
いくら無職童貞ニートだからって、前世は神様だったとか、来世に期待しようとか、あまりにも浅はかなんじゃないか。ぼそぼそとしゃべる兄弟の声を背中で聞きながら、鞄を拾い上げる。
時計は昼を過ぎたあたり。外は春先の暖かな日差しが照らし、どこかから飛んできた桜の花びらが舞っていく。
「兄さん、カラ松兄さん! ほら行くよ」
「ふっ、トド松……支度はもう出来ている」
「あっそう、はい先に玄関いって」
後を追いかけようとしたところで、おそ松兄さんと目が合った。おそ松兄さんは、いつもと同じ、大して興味のなさそうな顔で僕に話しかける。
「出かけるの?」
「うん、出かけるよ」
「どこに?」
「ちょっとそこまで」
「あっそうー、いってらっしゃい」
聞くだけで、ついてくることはないのだ。興味なさげにひらひらと手を振られる。チョロ松兄さんは履歴書を書くのに忙しいし、一松兄さんは猫を膝に抱いて肉球を揉んでいる。十四松兄さんは部屋のなかで素振りと忙しい。
「じゃ、いってくるねー」
「いってらっしゃーい」
障子を閉めるのと同時に、部屋の中からは深いため息が聞こえる。何だよ、ついてきたかったのかな。兄さんたちには後でお土産を買ってくるから、それで許してもらおう。
「遅いじゃないかトド松」
「はいはい待ってね」
玄関ではカラ松兄さんが待っている。玄関を開けて、花びらが舞い落ちるのを眺めていたらしい。もうほとんど外に出ている。カラ松兄さんは、予定に厳しい。何時に家を出る、と決めたら本当にその時間に出ないと気持ちが落ち着かないらしいのだ。僕は慌てて靴を履いて、兄さんの横に並んだ。
春を迎えた赤塚の町並みは、どこか浮かれた気配に満ちている。満開を迎えた桜。道ばたに咲くたんぽぽ。玄関先に揺れるチューリップ。ホケキョ、なんて鳥の声が続けば絵に描いたような春の景色だ。こういうのいいよねえ、と前を歩くカラ松兄さんに言いかけ、一瞬吹いた強い風に花びらが舞い上がって言葉を失う。
一瞬、散る花びらが雪に見えた。目の前を歩くカラ松の背に深い青のマントが重なる。慌てて目をこする。まさか青いラメのジャケットなのだろうか。瞬きを繰り返す。ジャケットは、いつもの重たい革ジャンだ。もしかしたら、光の加減で青に見えたのかもしれない。
「トド松?」
瞬きをする。振り返ったカラ松は、裾の長い――たとえば教会の神父が着るような、黒いワンピースみたいな服を着ている。原宿系気取りか、と言いかけてまた目をこする。
「目に何か入ったのか?」
瞬きを繰り返す。カラ松兄さんは、いつもと同じ格好だ。サングラス。黒い革ジャン。ドクロのベルトに、ラメパンツ。本当に、これをどこで調達しているんだろう。
「何でもない……てか、何その格好?」
「ふふ、デートにふさわしいスタイル」
桜が満開だから見に行こうよ、と誘ったのは僕だ。デート、とカラ松兄さんは呼んでいる。それでも構わないけど、花を見に行くのにギラギラした光が必要なのかは少し疑問だ。
二人で並んで歩く。時折吹く春風が、どこかから桜の花びらを運んでくる。カラ松兄さんはご機嫌に歌を口ずさむ。
「何の歌?」
「フッ、ブラザーへの……愛、を詰めたオリジナルソングさ!」
大げさなポーズをつけた宣言に、思わず脱力をした。この人の愛は、本当に独特だ。もちろん、嫌いではないけれど、今はそれより欲しいものがある。
「僕にだけくれる愛はないの?」
「……もちろんあるとも! ゆっくり語り合おうじゃないか」
どちらともなく手を繋いで歩き出す。
運命とか、因果とか、そんな難しいことは知らない。ただ僕がカラ松をいとおしく思うことに、なんの理由もいらないと思っている。
僕たちの重なる手の理由は、他の兄弟に秘密だ。いつか、伝えることもあるかもしれないけれど、それまではカラ松と僕だけのものにしていたい。
「カラ松兄さん、耳貸して?」
「ンー?」
「あのね……」
その言葉を伝えるために、僕はずっとカラ松兄さんの隣にいることを決めているのだ。