【松】新年(62)

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 一富士、二鷹、三茄子を夢に見るよりかわいい女の子の夢が見たい、と呻いたのはおそ松兄さんだった。初夢って今日見る夢のことらしいよといいだしたのはチョロ松兄さんで、枕の下に見たいものを入れたら見られるんじゃないかとお気に入りのピンナップ箱を出してきたのは十四松兄さん。一松兄さんとカラ松兄さんは、その時点で既に夢の世界に片足を突っ込みつつある。
僕も、まあそれで夢が見られれば安いものだ。残念ながら僕は殆ど画像データで賄っているので、枕の下に入れるものは何もないのだけど。
「二階で寝るよ、カラ松兄さん」
こたつに突っ伏して寝ていたカラ松兄さんの肩を叩く。びくりと身体が震えて、ゆっくりと顔が上がる。眠い時の目つきは一松兄さんに似ているなあ、なんて思いながら背中をぴしゃりと叩いた。風邪を引かれると、左右の兄弟にうつることが多いから自然と布団の左右は気にかけるようになる。
「今、夢見てた」
「はいはい、何の?」
僕は話を聞きながら、兄さんの足が突っ込まれたままの電気こたつの電源を切ったり、テレビを切ったりと手元が忙しない。居間を去るのが一番最後になった人が電気を消したりこたつを消したりするというのが暗黙のルールになっていて、二階に移動がはじまるとそそくさと皆消えていくものだからこういうのはいつも僕だ。
「トド松とデュエットで舞台に立ってた」
「あー、はいはい、今度カラオケいこうね」
電気を消す。廊下の仄かな灯りを頼りにして歩き出した兄さんはどうもよろよろと頼りなく、その手を引いて二階への階段を上る。古い家らしく急な階段は、寝起きでふらふらの相手にはちょっと難しい。元旦から階段落ちなんて不穏がすぎるし、さすがにかわいそうだから、この指先の熱さは今までこたつで温まっていたせいと自分に言い聞かせて、一段目に足をかけた。
「続き、見れたらいいなあ」
背中から聞こえる、柔らかな声に参ってしまう。
僕はかわいい子の夢を見るはずだったんだよ、兄さん。そんなこと言われたらもう、僕だってカラ松と同じ夢が見たくなるに決まっている。同じ夢が見たいと言うのと引き換えに、ぎゅうと手を握った。柔らかく握り返されたその手に、早目にカラオケに連れていかなくちゃと決めた元旦の夜だった。 

 
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