【松】「ぼくをみて」(62)

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言い訳をしようとして、唾を飲み込んだ。
僕の足元にはガラスのケースだったものがある。砕け散ったそれの中身は飴玉で、そこらに飛び散ってしまっていた。ガラスの破片が、何が起こったかは見ればわかる状況を作り出している。
喉が少し痛かったから、飴を食べようと思っただけだった。
ガラスのケースはむつごの誰かが適当に見つけてきた代物で、その中身はパチンコ玉の端数で得られた飴やらチョコがぎゅうぎゅうに詰められている。詰められていた。
目当ての飴は底の方にあって、僕は横着してそのまま手を突っ込んだ。ガラスのケースは僕の力に押されて棚の上を滑り、あっさりと床に落ちて砕けた。
ケースを持ち上げるなり、中身を少し出すなりすればよかったのに。いまさら考えても遅い。今すぐ飴を拾って、ガラスの破片を片付けてしまわなくちゃいけないのはわかっているのに、体が動かない。誰か来る前に片付けなくちゃ、いけないのに。
「トド松、おい、すごい音したぞ」
「うわ、あ、兄さん」
目当ての飴だけは手の平にあって、慌ててそれをポケットに押し込む。ソーダ味。薄い青のフィルムが、がさりと音を立てる。
カラ松は棒立ちの僕を見てから、足元に散らばる飴と、砕け散ったガラスケースに気付いてわっと声を上げた。びっくりしすぎでしょ、と思っても声が出ない。
「動くなよ、踏んだらケガするからな!」
「うん……」
カラ松はあっさり僕に背を向けて、それからぴたりを足を止める。僕は立ちすくんだまま、その背中を見ていた。
「ホウキ、どこだっけ?」
「トイレの隣」
場所だってわかるなら、僕が行くべきだって、本当はわかっているんだ。カラ松はそうかありがとうなんて返事もそこそこにぴゅんと消えて、ホウキとチリトリ片手にあっという間に戻ってくる。僕は居間でまだ立ちすくんでいる。
「トド松、ほら」
カラ松が手招きをしている。びっくりして動けないか、破片でケガをしたとか、思っているんだろう。僕があんまりにも静かだから。
「カラ松兄さん、僕」
「いい、いい、俺がやるから」
「違うよ、そうじゃなくて、僕……」
手招きをするカラ松の手を取って、ぎゅっと握って、言葉はまだ詰まっている。僕じゃない、いや僕なんだけど、僕は悪くない、ただ飴を取ろうとしただけで、ケースが落ちて割れてしまったのは僕のせいだけど、でも。
「トド松」
「僕を見てよ、違うんだよ、僕は」
「わかるよ、わかったから、ちょっと待ってろ」
何にもわかってない、何にも見てない。口を噤む。唾を飲み込んでも、口の中が乾いていて、うまく言えやしなかった。のろのろと部屋を出ると、入れ違いにカラ松がそうっと入っていく。きらきら光る破片をホウキで集めて、ちりとりにのせて、落ちている飴は拾ってポケットに入れて。
破片をそうっと集めるカラ松の背中を見ている僕は、何で青い飴玉を選んだのか、その理由を言えないままでいる。 

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