十カラワンドロ【手紙】
「十四松、代わりに書いてくれ」
サインペンと一枚の絵葉書を渡すと、十四松は目をきょろきょろさせて、それから僕が書くのと俺に聞いた。この部屋には俺と十四松しかいなくて、差し出したそれはを受け取るのは自然と一人だけになる。
お前だよと念を押すように言ってやると、十四松は意気揚々と俺の手から両方をもぎ取った。雑なテーピングにペンがぶつかってじんと指先が痺れる。
弟は野球が好きだ。好きなりに続けているので、俺よりずっと球の扱いが巧みである。気まぐれに付き合うだけの俺は速球が受けられずに素手で弾き、いっそ見事なくらい利き手を痛めてしまった。突き指なんて学生ぶりだ。
「ペンがもてないのは案外不便だなあ」
正しいペンの持ち方であれば問題ないのだろうが、俺はペンを殆ど握るようにしないと書けない。いつもと違う感覚にうまく文字が書けなくて、それを託すことに決めた。
十四松は絵葉書を裏返し絵柄を確認すると、興味がなさそうにふうんと声を漏らした。カメレオンが緑から茶に色を変えている途中を撮った絵葉書は何となく気に入って買ったものだ。俺の好みだから、十四松は特になんともない風にして絵柄をひっくり返し、サインペンの蓋を開ける。
「何書く?兄さん、何書くんスかあ」
「そうだなあ、まず、元気にしていますとかだろうな」
十四松のおおらかな字が、余白を埋めていく。元気です、だけで埋まってしまいそうなくらいだ。
「今は……どこに住んでることにしようか?」
「オキナワ?」
残念ながら関東某所である。十四松は適当に知っている場所を書いて、それから好いところだと続けた。架空の住処を褒めるのは不思議な心地がする。
「オキナワの名産って何、兄さん」
「……シーサー」
「名産かなぁ、それ、違う気がするんだけど」
でもいいかあ。そう言って、シーサーかわいいよと大きな字が続く。口が開いてるのと、閉じているのがいるんだったか。十四松の口は開いていて、俺の口は閉じている。シーサーと同じだな、と思ったけれど言わない。ここはオキナワではないから。
余白が埋まる。宛先の郵便番号と住所、宛名を書くスペースだけがぽっかり残ったそれをしげしげと眺めて、くすりと笑う。
「まいったな、嘘ばっかりだ」
「あは、また出せないやつだ」
ポストを模した貯金箱の中に宛名が空白のままねじ込まれて、何通目か数えるのはもうやめた。