【松】モノクロ(62)

この記事は約4分で読めます。

隙間風で障子がかたかた揺れている。そっと押さえてみたけれど、手を離した瞬間にまたかたかたと鳴り出してしまうから諦めて手を離した。風は勢いを増すばかりでまったく止む気配がない。さらさら、さらさらと窓を滑っていく雪の音を聞いていると、このまま家の中に閉じ込められてしまうんじゃないかと不安になってくる。
「開けるか?」
「ううん」
カラ松兄さんが何でだか窓の近くにあるソファーから動こうとしないものだから、僕も付き合ってその隣に座っている。ごうごうと吹く風の冷気を直に感じるというのに、鍵に指をかけてそう尋ねるから僕はゆっくり首を横に振った。わざわざ部屋を冷たくする理由はない。
寒波によってもたらされた雪は、僕らを順番に雪かきという非日常的なイベントに借り出した。風が吹いて積もりはしないだろうなんて言っていた天気予報士を恨んでも仕方がないし、こんな日なのに出勤していった父さんが帰ってこられなかったら気の毒すぎるから玄関と家の前だけは何とか確保している。
だん、だん、だん、と早足に階段を登る音。ああ、ついに来ちゃった。いやだな、寒いし、面倒くさいし、それでもやらないといけないんだけど。
「次ーっ、カラ松兄さんと、トド松、よろしくね!」
半纏を着た十四松兄さんが、ウィンドブレーカーと軍手を二組部屋に放ってすぐに出て行く。
「行くかあ」
カラ松兄さんはすでにやるものとしてウィンドブレーカーに袖を通している。学生のときに使っていたそれはよれよれだし、何より雪に対してはあまり意味がないのだがないよりましだ。僕もならって、のろのろと袖を通す。ひじの部分が薄くなっていて心もとない。
「もー、ほんと、サイテー」
「諦めろよ、それで雪が止むなら父さん出勤してない」
そうだけどさあ。頬を膨らませながら、続いて階段を下りていく。部屋を出るだけでぐっと空気が冷えたのがわかって、ぶるりと身体が震えた。これからもっと寒いところにいくのに。
いつもの赤いニットを被って耳までしまう。兄さんは黄色の耳当てを借りて、すっぽり耳を隠した。もげそうだから使ったほうがいいよ、という2時間前の十四松兄さんの赤い耳を見て頷きあった結果だ。
玄関もがたがた揺れている。台風のときくらい揺れている。
「長靴、僕履いてもいい?」
「もう履いてるだろ……」
長靴も当然人数分なく奪い合いだ。足を突っ込んでから言えば、カラ松兄さんは無理やり脱がせたりはしないから安全でいい。これがおそ松兄さんなら兄に譲るだろと絡むところで、チョロ松兄さんならじゃあ後で風呂入れるのお前なと別の仕事を押し付けてくるタイミング。
カラ松兄さんは弟にそういう無理強いはしない、ちょっと損な性格をしている。同い年の男兄弟なのに、まじめにお兄さんしているところが、割を食っているなと思う。僕もそれを言うほど優しくない。
がらり。玄関を開けて、飛び出して、すぐに閉める。うちは古いから、暖かい空気が逃げるとなかなか暖まらないのだ。後々自分が暖まるために、外に出る一挙動も必死だ。
風がぴゅうっと頬を撫でる。痛いくらいだ。目を開けていられなくて、何度か俯いて瞬きをする。細かい雪の粒が飛んできてぱちぱちと身体に当たった。雪って痛いんだ。びっくりしながら顔を上げると、カラ松兄さんが頬を真っ赤にしてぼんやり立っている。目だけがきらきらしていて、子供みたいな顔になっているから、顔の前でひらひら手を振った。
「ちょっと、ね、兄さん? やることあるでしょ~?」
「すごいなー、知らない街みたいだ、真っ白」
どこもかしこも雪で真っ白けだ。街頭がぼんやり光っている。雪の粒がたくさん飛んでいて、いつも見えるはずの看板なんかは何も見えない。道路は雪かきした分をさらに覆ってこんもりとしているし、何より足元からくる冷気は人を殺しかねない。
「さっさと玄関はいて帰るよ、凍えちゃうよ」
さらさらとした雪だから、積もっても箒で掃くだけでだいぶ片付く。玄関から一緒に出た竹箒を手渡すと、きらきらした瞳のまま、カラ松はじいっと僕を見つめた。
「この白に染まった世界で、お前と二人きりのような、そんな気がするなあ」
詩的すぎるか、とからり笑ってカラ松は玄関前を掃きだす。すでに出来た雪山に撫で付けるように、散らすように。僕はそれを見ている。箒を持ったまま動けないでいる。
「やだなぁ、それは」
「俺と二人じゃつまらないか、ブラザー」
「そうじゃないけど……」
僕は箒を握って、兄さんの横に並ぶ。さらさら飛んでくる雪をはいて、どかして、はいて、はいて、見慣れた地面が見えて、白と黒の対比に目が留まった。
ぽつりと僕の中にある、下心の混じった気持ちはとても白に染まった世界にはそぐわない。どちらかというと雪の下に隠してしまって、それで、それから。
「明日には溶けてしまうのにな」
全部溶けてなくなったら、暖かいところに連れて行こう。無理やり連れ出しちゃえばいい。こんな寒くて、くらくて、二人だけではとても寂しい場所より、暖かくて明るい場所に。それまで、ほんの少しの下心は、雪と一緒にどこかへ飛ばした。

タイトルとURLをコピーしました