雨の日にわざわざ外に出るやつの気が知れない、というおそ松の苦言を背中にして家を出た。
十四松はこの間の風が強い日に合羽を破いてしまって、新しい合羽を買ってもらったばかりだった。俺はレインブーツを新調したばかりで、逆に言えば雨が降っていないとこの外出に意味はない。
「あめあめふれふれかあさんがー、」
童謡を口ずさみながら水溜りを踏んで歩く十四松の長靴は、残念ながら黄色ではない。昔は皆そろいで黄色の長靴を履いていたのだけれど、成人した男性が履けるサイズの黄色い長靴は存在しなかったのだ。
もしかしたら探せばあったのかもしれないが、複数の店を探しに行くほど余裕があるわけでもなく、とりあえず履けるものを買いなさいという母の言いつけをしっかりまもった十四松の長靴は黒にオレンジのラインが入ったまさしく業務用といった代物だった。
ばしゃん、と足元で水がはねる。古い道路は水はけが悪く、そこらは水溜りだらけで十四松はあちこちを踏んで歩いている。新しい合羽は頭から被るだけの簡単スタイルで、簡単が故にひらひらとめくれては兄弟の服を僅かに濡らしてしまっている。兄弟は自由だから、濡れることなど厭わない。
「今日は母さんじゃないね、兄さんだ」
「おう、ブラザー、俺だ」
「あめあめふれふれにいさんがー」
わざわざ水溜りに入ることはしないが、俺もそこそこに水溜りに思い切り突っ込むくらいはしている。何しろレインブーツだ、わざわざ雨用と言うくらいなのだから靴の中が濡れたりして不愉快な思いをしなくていいと言うのは気分がいい。
「兄さん、じゃのめってなに?」
「さあ、カッパじゃないか?」
「本当~?」
「本当かどうかは、己の目で確かめるといいさ」
傘を利き手から持ち替えて、指先まで全神経込めてポーズをとれば、兄さんたまに適当言うから信用できないと案外厳しい言葉が返ってきて苦笑する。
じゃのめ、蛇の目。己の頭の中はさっぱり知らないとすでに諦めの色が濃い。家に帰ってチョロ松に聞くか、トド松に調べてもらうのが早い。一松は案外知ってそうだ。おそ松は俺と同じように適当言うだろう。
「じゃのめ、へび、うーん」
ぴたりと十四松の足が止まってしまった。ぽつぽつ降る雨が、半透明のそれを伝って落ちていく。フードの端から落ちる雫が、胸元のボタンの間から中に零れて兄弟のパーカーをじっとりと濡らす。慌てて隣に並んで、傘の内側に入れた。フードから落ちるそれさえ防げればいい。
「わっかんないや! なんでヘビなんだろ、蛙迎えにいくの?」
「ヘビとカエルじゃ、カエルが食べられちゃうだろ」
「こうするためじゃない!?」
があと大きく十四松の口が開いて、一瞬丸呑みされるのかと身構えたけれど、ふってきたのは案外かわいい口付けだったので、ずいぶんかわいらしいヘビだとからかうのに留めておいた。
——
蛇の目は傘の模様だそうです。