【松】イメージソング(52)

この記事は約3分で読めます。

「兄さん、どう、似合うー?」
ちゃぶ台に肘をついて、寝かせた鏡を見ている。そこには分裂した小さな十四松が座って、まじまじと自分の姿を覗き込んでいた。
小さな十四松が裸でいるのが寒そうに見えて、自らの手で作ったタンクトップの切れ端でポンチョのようなものを作った。そんなに大したものじゃない、四角に切って、頭がくぐるくらいの穴を開けてあるだけのただ布だ。
いくら小さくても十四松は十四松で、どんな風になっているか確かめたいと言ったから俺の鏡を貸して姿見にしている。姿見というか、ほぼほぼスケートリンクだ。滑ろうとしてさっき転んだので、鏡だぞと小声で言った。十四松は残念そうに鏡の上を一回飛んだ。
「いいぞブラザー、青もよく似合う」
「マジっすかぁ、参っちゃうなー」
照れて頭を掻く小さなブラザーもまたいとおしい。ただ、腕を上げると布がまくりあがって、結局全裸とほとんど変わらないからこの布は本当に気休めだ。
「じゃあ次はこのクールなハギレを」
黒地に細かいラメの散った布に同じように穴を開けて差し出すと、十四松はふるふると首を横に振った。好みではなかっただろうか。
小さな十四松は、内緒話をするように口元に手を添えて、ちょいちょいと俺を手招きする。ちゃぶ台に伏せるように顔を寄せると、鏡の上にいた十四松が俺の頬にしがみつくように体を寄せた。
兄さん俺もうすぐおわかれなんだよ、と十四松が言う。
「細胞分裂したから」
そう続けていうので、俺は黙って目をつぶった。こんなに小さいのに声はしっかり聞こえるから不思議だ。俺たちは選ばれし運命の六つ子だからな、どんな状態でもブラザーの声はしっかり聞こえるのだ。
「そうか、小さいブラザーもなかなかかわいかったぜ」
頬についた布がさわさわと動くのが肌でわかる。また照れて頭を掻いているな。見なくてもわかる。
「何かしたいことあるか?」
「そんなら、兄さんの体の中に入れてー。悪いのいたらやっつけておくから!」
頼りになるなあ。
口開けてェ、と言う兄弟の声に僅かに口を開ける。頬にあった布の感触がずりずりと唇の端に触れて、舌先に降りた。むずむずする。しばらくそのまま開けっ放しにして、唾が零れそうになって慌てて飲み込んだ。舌先にあった小さな布はもうわからない。あれくらい、糸くずみたいなものだから、飲み込んでも大丈夫だと思う。
暇をつぶす相手もいなくなった俺はちゃぶ台に突っ伏す。そもそもやみあがりで、一人だけ治りが遅いから家の中でごろごろとすごしていたのだ。小さな十四松もあれで最後。
目をつぶる。眠くなってきた気がする。布団までいったら目が覚めてしまいそうな、その程度の眠気だ。うとうとするくらいならここでしたっていいだろう、横着は格好悪いが眠気には勝てない。
かちり、かちり、秒針が聞こえる。
かちり、かちり、秒針の音に混じって、何か別の音がしている。
俺の体の中から、何かの音がしている。
「兄弟?」
喉を震わせると、もっとずっと奥の方から、十四松が何かを歌っているのが聞こえる。古い歌だ。フォークソング。俺でも知ってる。
子守唄か、と思って腕を組んで枕にした。額をつめたい腕に押し当てる間も、喉の奥から聞こえる兄弟の声に耳を澄ませている間に、すっかり夢の世界へ誘われてしまった。
行き先のない白い切符をもって、十四松と旅に出る夢を見た。夢の中の十四松はいつものサイズで、兄さんあれはアルタイルとか、あれはベガとか、電車の外を指差しては世話しなく俺に教えてくれる。銀河鉄道の夜みたいな。三つ目の駅について降りたとき、駅の階段から足を滑らせてしたたかに背中を打った。
夢だとわかっていても驚くもので、しまったと思って目を覚ますと背中がじんじんと痛い。
「にいさん」
十四松が背中にべっとりと張りついている。カラーコーンが転がっていて、なるほど頭から突っ込まれたから背中は痛いんだということを知る。
「おかえりブラザー」
十四松は何も言わないまま、背中から俺を抱きしめている。ぎゅうぎゅう抱きつかれると、さっき小さなブラザーが歌っていた歌が思い出されて、なんだか泣けた。

(心の旅/チューリップ) 

タイトルとURLをコピーしました