【松】カメラ(62)

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トド松くんカメラに興味ないかな、一台手放すんだけど売りに出すのも面倒で興味ある子に一式あげちゃおうと思ってるんだよね。いいタイミングだった?よかったよかった。あ、家にパソコンある?デジカメだからね、写真の管理はパソコンでやるのが一番早いから。じゃあ次のクラブのときに持ってくるね。使い方も教えてあげよう。いい写真撮れたら見せてね。

太っ腹な大人というのは世の中にいるもので、僕の手の中には一台のコンパクトデジカメが収まっている。片手で安定して持てるサイズ。ズームは結構遠くまではっきり見える。レトロなカメラを模した形は女の子だったらそれだけでかわいい、と喜びそうな代物だ。
電源入れる。パワーボタンを人差し指で押すだけ。僕の手の中に納まったカメラがきゅいー、と小さく鳴いて背面のディスプレイにソファーで寝ているカラ松兄さんが写った。
シャッターを切る。パワーボタンの斜め前、丸をちょっと横に伸ばしたみたいな形のそれを押し込む。スマホで撮影したときみたいなシャッター音はなくて、レンズの奥で小さくカシャンと音がするだけだ。
ズームしてみる。これは結構遠くまで撮れるから、自然観察なんかにもいいよとは太っ腹の大人が教えてくれたことだ。鳥とか撮るのに使っていたらしい。被写体は変わらず昼寝中の兄さん。ズームはぐいぐい寄っていく。半開きの口が見えて、だらしがないやと少し笑ってシャッターを切る。兄さんこれじゃかっこわるいよって後で言ってやる。
左手で説明書をめくる。連写機能がある。押したら押しただけ撮れるってやつだ。なんに使うのかいまいちわかっていないけど、とりあえず機能を使う練習だからいい。
メニューボタンを押す。撮影メニューを選ぶ。連写を選ぶだけ、簡単。動かない被写体選んでも微妙だな、と少し考える。僕が動いたらいいのか。
説明書をひっくり返して立ち上がる。カメラの焦点は変わらず兄さんに合わせて、徐々に近付く。脇を締める。これだけは絶対にやりなさい、という経験者の教えをまず守って、ディスプレイを見ながらシャッターを押す。
ぱぱぱ、と細かく続く音。一歩近付く。ディスプレイ越しのカラ松兄さんが、今まで眠っていたというのに僅かに目を開いて、耳慣れない音にこちらを見上げるのを、僕はシャッターを押したまま見届けた。
「今の音、なに」
「シャッターだよ兄さん、連写」
撮ってたのか、俺の麗しい寝顔は罪だな。トド松、外の人にはやるなよ。リアルギルティになってしまうからな。
言葉を聞き流しながら、僕は今撮ったばかりのデータを見返している。
睫が震える。空ろな目が開く。半開きだった口が閉じる。視線は迷わず音の源であるカメラを見て、つまり僕を完全に捉えていて。
「……ぶさいく」
「えっ」 

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