【FGO】スーツの岡田が書きたかった

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 古臭いビルの屋上に立って、煌々と光る新宿のビルを見ている。見知った都会の姿はそこになく、かつての亡霊と物語の気配が漂うだけだ。
 ビル風に煽られて髪が踊る。視界を遮られた一瞬の後、視界の端に黒いスーツの人影が過った。
「……なんじゃあここは、血生臭い場所じゃのう」
 長居はごめんじゃ、とビルの淵に足をかけ、眼下を見下ろす以蔵さんの姿に目を見張った。いつもの晴れ着でもなく、人斬りとして恐れられた頃の姿でもない。目を丸くしていたら、返事がないことを認しんで振り返った以蔵さんと目が合った。
「おまん、見とれちゅうがか?」
「……まあ、珍しいしね」
 衣服をその時代に合わせて変えるくらい、サーヴァントには簡単なことなのだろうか。そういえばアルトリアもスーツを着ていたことがあると小耳に挟んだし、恐らくそういうものなのだろう。上着を片手にぶら下げ、よれよれのシャツは肘までめくり上げられている。ベストは艶やかだが、生地がぐいと横に伸ばされている感じが見え、その下にある筋肉が存在感を主張している。なるほど、着丈までぴったりにするのは難しいらしい。
「おまんの格好もなかなかじゃ、サマになっとる」
「そうかなあ……」
 対して、自分が身を包むスーツは肩幅もあっていなければ裾は余りっぱなし、あまりにだらしのないそれだ。かっこ悪いことこの上ないが、単に変装なのだからそれで良い。
「わしもなかなかじゃろ! 種だけ困っちゅうがな」
「ふんどし」
「西洋下着落ち着かんき」
 中身は和のままなのか、と思うと自然に目線は下がる。反射的についしてしまったそれだが、以蔵さんがにやにやとこちらを見て笑った。
「確かめたいゆうならいつでもえいぞ」
「ぱか」
 セクシャルハラスメント減点と叫びながら、だらしなく首元で揺れていたネクタイを引く。首筋に薄っすらと見える傷跡に似た赤いネクタイを締めながら、いつまでこの街も持つだろうと考えてしまう。
「ほいたらマスター、行こうかえ」
「行こう、以蔵さん」
 差し出された手に自らの手を重ねた一瞬、わたしの身体は中に浮いている。ビルとビルの上を飛ぶように駆け、わたしたちは新宿の夜へ溶けた。

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