「夏休みが終わった気分はどうじゃ」
「……まだ孔明先生に出された課題が終わっておりませんので……」
「待て待て、ちくと座れ。行くんならわしも連れてけ」
以蔵さんはどこか不自然なほどの微笑みでわたしの手をがっしりと掴んだまま離さない。大人しくそのまま手を引かれ、ベッドの縁に並んで座った。
「どういてわしを置いていく? おまんの敵は何でも切っちゃる言うてるろう」
バカンスから帰ってきてしばらく。日課の種火、素材集めから突然始まった孔明先生の課題ラッシュと右往左往の日々が続いている。特に、今期の課題はさほど難度が高くなく、毎日コツコツと終わらせれば枯渇した素材の回収も行えるおいしい課題だ。虚無を抱える周回よりは、確実に手に入る手段を選びたい。
以蔵さんはどこにでもついていく、と言ってくれたことがあった。護衛という意味でも、わたしの敵を斬るという意味でも。わたしもそれはとてもありがたい申し出で快諾したのだけれど、今回ばかりは難しい。
「……孔明先生に縁があるサーヴァントを連れていくとね、課題が早く終わるから……以蔵さんは違うでしょ、だから」
ごめんね、と言うと金色の目がすっと細くなった。言い方を間違えたな、と思うより前に以蔵さんの体がずっしりとのしかかってくる。大型犬が人間に前足をかけたみたいな、そんな具合だ。
「わしは……役に立たんか?」
「そういうことじゃなくて……」
「そういうことなが」
言うことを聞いてくれない。以蔵さんは、少し思い込みが強いところがある。自分の気持ちをそのまま素直に伝えてくれるということでもあるのだが、今はそれだとまずい。
「他に何がしてやれる……? わしは人を斬ることしか」
わたしの首筋に顔を埋め、ぶつぶつと呟きはじめた以蔵さんの背中をよしよしと撫でる。
「十分、それで十分だから。ね? 課題が終わったらお願いしたいことたくさんあるから!」
「ほんとうに?」
以蔵さんは心の底から悲しげにわたしの耳元でつぶやく。ワーカホリックのサーヴァントは複数いるが、単純にわたしのためだけの献身というのは、なんだか面映ゆい。本人が不器用だから余計そう感じるのだろうか。
「そんなら、またルルハワんときみたいな時間、作ってくれんか」
ルルハワのときのような。
以蔵さんはわたしからゆっくり離れ、金の目を細くしてわたしを見てる。瞬きすらできないような沈黙に、わたしは言葉が詰まった。
「……あの、夜のこと?」
「おん」
「ここで?」
「いかんのか?」
いけないわけではないですけども、と言いかけて、やめた。いや、構わないのだ。わたしも以蔵さんのことが好きだし、行為は恥ずかしいけれど、そこはそれ、求められるのが少し嬉しいというのもある。
「……課題、全部終わってから」
「おう、まっちょるき」
さっきまでの拗ねた様子はどこへやら、以蔵さんは満面の笑顔でわたしの背中を叩く。加減がなくて少し痛い。
「じゃあ、いってくるね」
「おう、……あ、りつか」
出ていくつもりだったのに、名前を呼ばれて立ち止まる。以蔵さんはぱっと両手を広げ、わたしをすっぽりとコートの中に包みこんでしまった。
「期待しとるき、な?」
熱が、唇に触れた。かっと頭に血がのぼるのがわかる。何を、と声を出すより早く以蔵さんの高笑いが聞こえる。ああ、こんなことなら|もっと早く、課題を終わらせておくべきだった!
【FGO】ルルハワ初夜後のふたり
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