【FGO】メモリアルクエストにて

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 びょうびょうと黒い風の鳴く河原で、地獄がふたつ、こちらを見ていた。すらりと背の高く、鋭い眼光を放つ女|黒縄地獄は限界が近いらしく、己の獲物を頼りにしてその場に立っている。その奥にいる鬼衆合地獄は、今だ殺意鋭く、戦闘への熱意も高く、ころころと鈴のような笑い声を振りまいている。
 まず先に、宿業を断つべき達人が倒れた。いくら達人と言えど、二人から同時に狙われてはまともに太刀打ちできないほどの管力を見せつけられ、息を呑む。肌が粟立つのは、怖気か、それとも戦への愉悦か、わからないまま後衛に立ち続けた。
 続けて、無垢なる殺人鬼が黒縄地獄の利き手と引き換えに落ちた。マスターは小さく声を上げ、そのままぴしゃりと自分の頬を打つ。前衛には盾を持つ少女と稀代の日本画家、花の魔術師が並び立つ。彼らのそばに立つマスターは、それでも諦めまいと二つの地獄を睨みつけていた。
 マスターは短く采配を下す。前衛の魔術師がそれに返事をしながら、ちらとこちらを振り返り、僅かに口を動かした。
 つぎはきみだ、よろしく。唇はそのように動いた。理解するより前、視界の端に花が散るのが見えた。その奥、閃光を受けて消えてゆく黒縄地獄も、この目で見た。
 なるほど、あの魔術師は刺し違えたらしい。魔術師であるのに剣が達者すぎるとは思っていたが、まさかあれを倒すとは思っていなかった。
 居なくなった魔術師の代わりに前衛へ上がる。後ろには、もうマスターしかいない。己が倒れれば、と一瞬考え、辞めた。最初から負けを考えるなど無意味だ。何しろ己は剣の天才であり、敵は無いのだから。
 目前に立つは、鬼である。だが、鬼もひとだ。ひとなら、斬れる。殺せる。簡単なことだ。
「……わしが始末しちゃる」
 構え、戦場へ飛び込んでいく。そのあとのことは、もはや思い出せない。

 今日は記念日だから、とマスターは呟いた。それは誇らしげな響きであったが、その横顔にはどこか寂しさの色が濃く見えた。記念日、というものをそもそもよく知らない。何か意味のある日であるのかと尋ねれば、旅の始まりの日だという。
「旅の始まりか」
「だから、以蔵さんと出会う前のわたしが……どんなことをしてきたか、知ってほしいなと思って」
「おん」
 きれいなことばかりではないだろう。辛く、苦しい旅であったと記録を見た自分は知っている。その記録も、最後には消えてしまうらしいのだが。そうなれば、彼女と、あの盾の少女だけが旅の記憶をもって生きていくのだ。
「そいたら、酒が欲しいところやにゃあ」
「紅茶とお茶菓子ならたくさんあるよ」
「……ま、そがなもんで十分じゃき」
 共に生きていくことが出来ないことを知っている。だからこそ、彼女たちの旅路を知りたいと思う。覚えていてやりたいと思う。いずれ消えてしまう身であればこそ、人間というものは眩しい。悪人に言われたとてうれしくはないだろうが、それなりにマスターのことは好いているつもりだ。
「面白う話せよ、退屈は好かん」
「ご期待ください!」
 へらりと笑う少女の横顔には、寂しさが滲む。それを消してやれればいいのだが、頭の悪い自分にできることなど、話を聞くことしかないのだった。

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