【FGO】幸せのおすそ分け

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 カルデアの食堂にはいつも誰かしらのひとがいた。サーヴァントたちが己らの英雄譚もしくは悪事を話すこともあれば、職員たちが昔懐かしきふるさとの話に花を咲かせることもあった。
 わたしは、それらに耳を傾けていることが多かった。何しろ、わたしの知らないお話ばかりなのだ。古今東西あらゆる英雄の話もあれば、世界を横断した海賊からロンドンの殺人鬼まで、お話を退屈だと思ったことは一度もない。
 だから、以蔵さんにお前が話せ、と言われて驚いてしまった。
「わしゃあ早く死んだき、おまんに話せるような話はもっちょらん」
 享年二十七歳、幕末の人斬りがそう言ってエミヤの作ったオムライスをつつく。黄色いふわふわの卵で包まれたチキンライスは絶品で、いつ食べても幸せな気持ちになる。以蔵さんはどう思うだろうか、わたしは知らない。
「わしの話聞きたいちゅうなら龍馬がおる、お竜もなんだかんだいいゆうが聞いたら教えてくれるろうが……わしゃあダメじゃ、なーんもわからん」
「そうなの?」
「そうじゃ、やきお前の話を聞かせちゅうちや」
「旅の話?」
「そがなもんはいつでもえい、おまん今まで何をしとったがじゃ」
 今までというのは、カルデアに来るまでという話だろうか。そこでふと、遠くなりすぎてしまった日常を思い出す。非日常が続きすぎて、もはや日常がわからないのだ。言いよどんでいると、以蔵さんは首をひねった。
「好いちゅう食いもんの話でもえいぞ」
 わしは酒とつまみ、と言って以蔵さんはにんまり笑う。わたしはそれにくすりと笑い、自分の好きなものを思い出そうとするが、なんとなくぼやけている。なんというか、記憶に蓋をしているような感じだ。
「エミヤのオムライスはね、好き」
 以蔵さんは自分の食べているオムライスとわたしの顔を交互に見て、これか、と確かめるようにスプーンを突き刺した。一度うなづけば、嬉しそうにふわふわの卵とチキンライスの乗ったスプーンを差し出してくる。
「ほうか、食え」
「以蔵さんのご飯だから、わたしが食べるのは……」
「食わしたいんじゃ、おとなしく食え」
 口を開けろ、とわたしの顔をがっしとつかむ以蔵さんの目はこの上なく楽しそうで、言ってもやめてくれそうにない。おとなしく口を開ければ、一口にしてはずいぶん多い量の幸せを与えられてしまった。
「ありがと……」
 今日もエミヤさんのご飯はおいしい。もぐもぐと咀嚼しながらお礼をいうのはあんまり行儀がいいことではないが、おいしいは幸せのおすそ分けなのだからお礼は必要だ。
 以蔵さんは満足げに笑い、自分も再びオムライスを口に運ぶ。口いっぱい頬張るから、頬が丸くなって表情が幼く見えるのがすこしかわいいと思っているのは彼には秘密だ。
「おまんのことを知りたい」
 そうなのか、と幸せを飲み込んだ。以蔵さんは目を細めてわたしを見ている。その目が、ただ知りたいという好奇心というより、獲物を狙うドラゴンの目とよく似ている気がして一瞬怯んでしまった。
「やき、しばらく部屋にいくき」
 突然の宣言を受け止める間もなく、以蔵さんはにっこりと微笑む。これも止められないのだろうと諦め、わたしはこくりとうなづくことしかできなかった。

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