嘘か真か、まことしやかに囁かれている噂がある。春を待つ獣のように、人が長い眠りにつくというものだ。それは冗談めいたものでなく、深刻な響きを持って人の間を巡っている。
勿論、人の身であればあり得ないことだと知っている。だが、この世界であればあり得ない話ではない。
何しろ、異世界からの住民がやってくることもあれば、電子の歌姫が現れることもある、およそ想像を超えた出来事が容易に起きる世界ならばそれもおかしくはない。
既にその噂が人の間を巡っている以上、眠りについたことのある人がいるのだろう。さて、常に眠たそうな我が軍の軍師殿か、それとも知らぬ誰かか。
ただの噂ならそこまで考えずに流すのだが、意識せずにいられない事情があった。
「……若、今日も遅い」
今までは一番に起きて馬屋へ赴いていたのに、このところ寝起きが悪い。それに、日中もうとうとしていることが多くなった。噂が関係あるのかもしれない、と何となく考えていた。
「おはよう馬岱!」
ばん、と勢いよく扉を開けて飛び込んで来たのは姫だ。近頃、張姫や関銀屏と手合せだの何だのとよく出かけている。昼食に解散する時間も勿体ないと言っているのを聞いてから、毎朝弁当を作って持たせるのが朝の習慣になっていた。
「今日はお泊りでしたっけ、張飛殿にご迷惑おかけしないように気を付けてくださいね」
「わかった、たくさん気を付けるね!」
年の頃が近く、武を競い合える相手がいるというのがとても楽しいらしい。満面の笑顔の姫を見るとほっとする。放浪している間は、その年頃の子らしい扱いをしてやれなかったから、余計にそう思う。
弁当を手渡し、外に飛び出して行くのを見送ると屋敷の中はしんと静かになる。この屋敷には蜀所属の俺と若、それと姫しか住んでいないから当然のことだ。
はじめは使用人もいたのだが、頻繁に戦があるわけでもないしと家のことは自然に俺がやるようになって、暇を出した。
朝食の支度は済んでいるが、一人で済ませるのは寂しい。噂のことも気にかかって、まだ眠っている若を起こすべく寝室を覗きにいくことにした。
寝室は屋敷の奥まった場所にある。若の隣が俺で、その隣が姫の部屋だ。
若の部屋へ向かう途中、姫の部屋の扉が開いていることに気付く。どうやら扉も締めずに手合せへ向かったらしい。
そそっかしいところは誰に似たのだろう、と微笑ましい気持ちで扉を締めれば、自分の部屋のそれも中途半端に開いている。更には若の部屋のそれも少し開いていたものだから、血筋なのかもしれないと苦笑を浮かべた。
少し開いた扉を押し開き、寝室へ足を踏み入れる。耳を澄ませば穏やかな寝息が聞こえ、まだ眠りの中であることがすぐわかった。
「若ぁ、朝ですぜ」
足音を立てないように、そうっと寝台へ近づき、声をかけた。眠りは深いのか、若は未だ目を覚まさない。
「……若、起きてくだせえ」
耳元に声をかけても、ぴくりともしない。
寝顔が少し幼く見えて、寝台の淵に手をかけじっと見つめてしまう。その顔を見ているうちに、どこか落ち着かないような気持ちになる。思うところがあるのは、従兄弟で従者であるという関係が変わったせいだ。
一線を越えることを許されたのは、この地に来てからだった。もう二度と会えないと思っていた若に再び会えた、その勢いで秘めていた想いをついに零してしまったのだ。
若はそれを気味悪がることも、軽蔑することもなく、受け入れてくれた。今は恋人のように触れあうことも許されている。同情かなと一時は思ったけれど、案外に若も応えてくれているのが嬉しい。
けれど、近頃は共に寝ることもしていない。触れ合うことすら、出来なかった。途中で眠ってしまいそうだから、と拒まれてばかりなのだ。
姫はさっき出て行ったばかりで、ここには俺と若しか居ない。口付けくらいなら許されるだろうと身を乗り出し、未だ目を覚まさない若に覆いかぶさる。
若が起きないのがいけない、近頃触れ合うことも出来なかったのだからと言い訳をしながら迫り、唇が触れる直前にぱちりと若の目が開いた。
「……何をしているんだ、お前は」
「お、起こしに来たんでさ」
目が合うと急に恥ずかしくなって、ゆっくりと距離を取る。頬が焼けるほど熱い。
起こしに来たことは間違いではないのだが、ご無沙汰だったから寝込みを襲おうとしたというのは中々青くて恥ずかしい。
若は欠伸をひとつ噛み殺しながら起き上がり、まだ眠気が取れないのか目元を擦る。うんと背伸びをして、それからやっと俺と目が合った。いつもは強い意志を宿した瞳だというのに、今はどこか夢の中のように見えた。
「……姫は?」
「明日まで戻りませんぜ、張姫殿と関銀屏殿と一晩中打ち合うんだと」
父上の真似らしいですよ、と付け足せば若は苦笑と共に頬を掻く。蜀に降る前、一晩中張飛殿と打ち合いをしたのを真似ているのは明らかだった。
頬を掻く手を止め、若はじっと俺を見つめる。何かを決めたようなそれに、思わず息を呑んだ。
「馬岱、話しておきたいことがある」
「……何です?」
長くなりそうな雰囲気に、俺は若の寝台に腰を下ろす。若は言葉を選ぶようにしばらく考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。
「しばらく、寝ていることが多くなる……と思う」
「例の噂ですかい」
「……よくわからんが、何かの前兆のような気がする」
若は話をしている間も、少し目を瞑ったり、大きく息を吸って欠伸を噛み殺したりと眠気と戦っている様子がわかる。例の噂の真相がわかれば、なんとか出来たのかもしれないが噂は噂、対策が打てるわけでもない。
「……俺に出来ることがあれば何でもいってくだせえ」
若のためなら何でも、と言いかけたところで若の手が俺のそれに重なる。ひやりと冷たい手だ。
いつかの出来事を思い出して、不安が増した。後を託すと、一人残してすまないと、その言葉は今でも耳に残っている。ずっと昔の出来事なのに、未だ忘れられない。勢いのまま、その手を強く握った。
「俺が寝ている間は花街でも何でも」
「若以外とは、そういうのする気、ありやせんぜ」
そこは譲れないときっぱり言い切れば、若はくつくつと笑い始める。やっと心通わせることが出来たのに、外に行くのは勿体ない。それぐらいなら若が目を覚ますまで待っているのを選びたい。
「まあ、適当に俺の身体でも何でも、使え」
「それはどういう意味でさ」
「そのままの意味だ、困ったらそうしろ」
そう言って、若は俺の手を引いて身体を寄せる。甘えるように肩口に頭を預けられ、直接肌に触れる髪の感触にどきりと心臓が跳ねた。
「……今日はここで寝ても?」
「構わんが、相手はしてやれん」
「いいんです、俺は……若の傍にいられたら」
そのまま、どちらともなく唇を重ねる。
起きたばかりだからか身体は冷たいけれど、触れる唇は暖かい。互いのそれを触れあわせ、吐息を奪い、寝台へ若の身体を倒す。
久しぶりの熱に身体が疼き、昼間だというのにこのままと強請れば苦笑と共に緩く首を振られてしまった。
呆れられてしまったのかと恥じ入れば、若は大きく欠伸をして違うと言う。
「もう、眠い」
若の目はもうほとんど開いていない。横になると睡魔に攫われてしまうようだった。
このまま、とがっついただけに待てを喰らうのは痛い。けれど、無理強いをしたいわけでもない。寝台から起き上がり、毛布を肩まで被せ、ぽんとそれを叩く。
「すまん……」
いいんでさ、と返事をする前に若が眠りに落ちて行くのがわかった。よっぽど深い眠りらしい。熊や蛇の冬眠に似ている気がするが、よくは知らない。知っていたとして、人の冬眠に何を準備するかなんて誰も知らないだろう。
「……良い夢、見てくだせえ」
眠りに落ちた若の頭を柔らかく撫で、音を立てないように寝室を出る。
次に目を覚ましたときは目いっぱい甘え倒して、俺の我儘を聞いてもらおうと心に決める。そんな年でもないのにと言われても、青さを笑われるとしても、触れあいたいと強く言おうと。
それからしばらく、若はほとんど寝ているような状態になってしまった。父上は猫よりよく寝るね、とは姫の弁だ。
偶に起きて来たときには水を飲ませたり飯を食わせたりと忙しい。
冬眠に似ているのであれば、寝続ける体力をつけるために必要だろうと考えてのことだ。
食欲より眠気が強いのか量は食べられないようで、大体は用意したものの殆どは俺の胃に消える結果に終わってしまった。
起きている間に、と少し手合せもする。槍を振るう時は眠気も抑えられるらしく、凛とした姿が見られた。手合せが終わり、槍を置いたのと同時にずるずると座り込んだのにはひやりとさせられたが。
丸一日、若が目覚めなかった夜のこと。
長く寝続ければ、それだけ身体も汗をかく。若の身体を拭こうと桶を抱え、寝室を訪ねた。
それに使う湯の支度は姫の仕事だが、沸かしながら船を漕いでいたから今日は俺だけだ。
どうやら昼間の打ち合いで疲労困憊だったらしい。部屋の扉も閉めずふらふらと寝台へ倒れ込んでいったから、あの様子では朝まで起きないだろう。勿論、しっかり扉は閉めて出てきた。
月が明るい夜だった。灯りがいらないくらいだから、恐らく満月か、その前か。
春先であるから、夜とはいえそこまで寒くはない。今が冬でなくてよかったとほっとする。眠ったままだからこそ、俺が気を付けなくては。
とはいえ、さっさと終わらせないと湯も冷めるし若の身体も冷えてしまう。手早く終わらせてしまおうと袖をまくり、気合を入れた。
まずは毛布を片づける。毛布を剥いだくらいで目を覚まさないことはもうわかっていたから、慣れたものだ。
身体の先から中央へ向けて、濡らした手拭で清めていく。心地よく眠れるだろうと思って始めたことなのだが、どうもよからぬ考えが頭を過ってくる。
駄目だ。頭を振る。寝ている若に欲情しているだなんて、そんな。独りよがりが過ぎる。
帯を解き、合わせを開く。身体を拭くためだとわかっていても、肌が目にまぶしい。
ふと、身体に薄らと浮かぶ傷跡に目を奪われた。そうっと撫でるように触れれば、眠っている若が吐息を漏らす。
「ん……」
くすぐったかったのか、ころりと若が寝返りを打って俺の手から逃げる。緩めていた肌着が落ち、素肌が月の光に晒されてしまった。
――適当に俺の身体でも何でも、使え。
そう言われたことを思い出して、生唾を飲み込んだ。
触れるだけなら。それくらいなら許されるだろうと、誰に言うでもない言い訳を用意してつい手を伸ばす。
「……若」
声をかける。若は目を覚まさない。
触れるだけの口付を落として、首筋へ鼻先を埋める。若の匂いがする。ご無沙汰だったせいか、それだけで身体がじわりと熱を上げてしまう。
情を交わすのを覚えたばかりで、それに溺れているような居た堪れなさを覚えるが、想い人とのそれであるのだから仕方がない。
殆ど屋敷から出ない今ならいいだろうと吸い上げ、そこに痕を残す。普段は誰にいつ見られるかわからないのだからと叱られるだけに、俺がつけたというだけで背筋にぞわりと劣情が走った。
若の呼吸に少し、熱が籠った気がする。
このまま起きてくれたらいいのに、と思うのは俺の勝手だろうか。やはり一人でするより、共に高まりたい。
胸の突起に触れると、若の息が詰まる。何度か身体を重ね、そこが敏感であることは知っていた。手のひら全体でそこへ触れると、それはつんと立ってもっと刺激を欲しているように見えた。
「は……っ、ぁ」
下半身をちらと見れば、下穿きが僅かに膨らんでいる。眠っている間、そういう刺激から遠ざかっているからかそれの反応も早い気がする。
「あ、ぅ」
半開きの口からは吐息のような細い声が漏れる。勃ち上がり始めたそれを撫でると、ふるりと身体が震えた。
「……寝てるほうが素直なんじゃないですかい、若」
いつもなら、恥らって声を殺して、俺の手から逃れることもあるだけに素直な反応が新鮮でたまらない。
ゆるゆると全体をさすると、腰が浮いて、揺れる。もっとと強請っているようでいやらしさがすぎる。まるで俺の手を使って自慰をしているようで、頭が茹りそうだ。
それでも若の意識は未だ夢の中だ。どこまで目を覚まさないのか、試してみたい悪戯心が湧いてきた。それに、ここまで来たらもう引き返せない。
寝台の横にある机の引き出しを開け、後孔を解すのに使う香油を取り出す。
罪悪感がないわけではない。眠っている相手に、無体をしていることに変わりはないのだから。だからこそ、やってみたいとか、見てみたいだとか、より強く思ってしまうのかもしれない。
若の膝を立て、腰の下に片付けた毛布を丸めて差し込む。固定出来るわけではないが、ないよりはましだ。
「若、触りますぜ……」
声をかけるのは癖のようなものだ。暴走してしまいそうな己を戒めるため、若を驚かせないために言ってから触れるようにしている。それも今は、意識がないからあまり意味はないのだが。
香油を指先にとり、後孔へ塗りつける。ぬるりとした感触に驚いたのか、ぴくりと太腿がひきつる。
若の一挙一動に、いつ目が覚めるのかと心臓のどきどきが止まらない。綻びも見えないそこへそろそろと指を差し入れた。
「ン、っう」
息が詰まるのと同時に、身体が強張る。ついに起きたか、と様子を見るも、動かさずにしばらく様子を見ていたら規則正しい寝息へ戻っていってしまった。
それに少しがっかりしている自分がいることに気付いて、中に入れた指をぐるりと回し、ゆるゆると引き抜く。
「んぅ、ん……」
鼻にかかった甘い声。指を二本に増やし、腹側の壁を撫でてやれば自然に腰が浮く。
いいところを探って弄ると毎度嫌がられていたのだが、意識がない今は若も素直に欲に溺れている。常は理性でそれに溺れないよう律しているからこそ、嫌がっていたのかもしれない。
香油を足して、更に指を増やす。ぐちぐちと濡れた音、短くなった若の呼吸、俺の身体に籠る熱、いつ起きるかと言う緊張感で興奮が煽られている気がする。
「ぁ、ッ!」
良いところを撫でてやると、声に唇が戦慄いて身体がびくりと震える。指をきゅうと締め付けてくるそれが反射だというのなら、なんていやらしい身体なのだろう。
「……も、いい……か?」
もう、十分だろう。指を引き抜けば、そこは物足りないとでも言うようにひくついている。そのうえ、若の呼吸は荒れて、悩ましげな表情に変わっていた。意識の覚醒が近いのかもしれない。
帯を解き、下穿きを寛げてその孔へ自身を宛がう。
「……っ、熱」
ゆっくりと若の中へ自身を埋める。一番太い所を潜らせる瞬間、若の背筋がぴんと伸び、今まではだらりと放られていた手が敷き布を掴んだ。
「はっ、あ、あっ……!」
一際高い声に、ぞくぞくと快楽が走る。直接自身に触れる熱がたまらず、滅茶苦茶に突きたい衝動を堪えて下敷きにした若をじっと見つめた。
睫毛が震え、ゆると瞼が開く。焦点の合わない瞳が俺を見上げ、眉間に僅かな皺が出来る。未だ意識は覚醒していないが、目は覚めてしまったようだ。
「た、い……?」
「……っ、若ぁ」
「なに、っ」
何をしている、と尋ねかけたその唇を軽く奪い、声を封じる。
眠っている若を見ていたら催してきてと言うのは簡単だが、それを言うにはあまりに情けない。小さな見栄だった。
「ゃ、あっ?」
何が起こってるかわからないらしい若の声、つながったそこを見て困惑する顏、すべてに煽られてしまう俺がいた。ぞく、と背筋に走るのは紛れもない欲だ。
「岱っ、待て、待っ……!」
「も、待てな……っ」
若に愛撫していただけだというのに、俺自身はやけに元気で、堪えようとしていたのに腰が勝手に動いてしまう。ご無沙汰だからなのか、いつもより昂ぶるのも早い。
若、と甘えた声を出せば眉をひそめ、唇を噛みしめて嬌声を飲み込む。若もまた、久しぶりの熱に揺られているのか、腰を浮かして俺を受け入れてくれていた。
緩やかに律動を始めれば、若の胸が忙しなく上下する。呼吸もままならない、その瞳に涙の粒が浮いた。零れ落ちるのが勿体なくて、背を丸めてその涙を舌で舐めとる。
「ひ、ッ」
深く奥へ突き入れた形になってしまい、若が息を詰める。潤む瞳と視線が合わさり、きつく睨まれてしまった。さすがに、もう何をしているかは言わずともわかる。
「岱、このっ……」
久しぶりの情交でぴりぴりした声は聴きたくない。何とか誤魔化そうと、その唇へ吸い付いた。不満を言いかけたその口へ舌を差し入れ、絡ませる。
「ふっ、ん……!」
鼻にかかった甘い吐息に、若の身体も十分昂ぶっているのだと思うとたまらなくなる。身体と意識がばらばらだから、噛みつかれてしまうのだ。なら、その気にさせてしまえば、何も言われはしないはずだ。
「若……っ」
角度を変えて突けば、若の弱い所に当たって抱いた身体がびくりと震える。
「い、あっ! ふ……っ」
中がうねって、俺のそれをきゅうと締め付けてくる。そこから逃がさない、と言わんばかりに。
「中、凄く……あつい、若」
「い、言わなくていい……っ!」
かっと首筋まで赤く染まり、ぷいとそっぽを向く。さっきまであんなに素直だったのに、と思うと少し寂しい。その気にさせるには、まずこの覚醒した理性を溶かしてしまうことだ。
勃ち上がって、たらたらと先走りを足らす若自身へ手を添える。奥を突きながらここを撫でてやると、普段の律した様子は崩れ去ることはよく知っていた、
「だめ、だっ……!」
若がふるふると頭を振る。それをされると弱い、と震える声で添えられると、触ってくれと言っているようなものだ。
「若、自分で……ここ、触って」
敷き布を掴んでいた手を取って、自身に添えさせる。丸い目が俺を見上げて、眉をひそめた。若の手ごと、それを擦ってやるとすぐに瞳に欲が融ける。
「気持ちよくなってほしいんです、俺は」
それを手伝ってやりながら、緩く抜き差しを始める。最初はただ中でゆっくりと、徐々に早く、そしてぎりぎりまで抜いて最奥へ。
「はっ、はぁ、あっ、たい……っ!」
俺を呼ぶ声の甘さに、頭が痺れてくる。若の手も、自然にそこの愛撫を始めていた。きゅうと俺を締め付ける中の熱が上がった気がする。
「ふう、うーっ……!」
目を閉じ、愛撫しているのと反対の手で口元を抑える。漏れる声を押さえようという無意識のそれだろうが、俺は声を聴きたい。
その手を外して、寝台へ縫いとめる。欲の熔けた潤んだ目が、俺を見上げた。
「岱っ……!」
「わか、ぁ」
俺自身を締め付けるそこが、奥へと招くような動きへ変わる。招かれるまま最奥へ突き入れるたび、若の背が丸まり、絶頂が近いのだと見てとれた。
「も、いい、中……っ、中、欲しっ……」
理性をかなぐり捨てた若の掠れた声が、俺の子種を強請る。頭をがんと殴られたようなそれに、がっつかずにはいられない。一際奥へ自身を押しこめば中はより強く締め付けて、震えた。
「ふっ……ぁ、ああっ……!」
若の身体が引き攣って、先端からは白濁が零れる。それに釣られて、俺もその身体の奥へ欲を吐き出した。
長い絶頂に身体を委ね、長い溜息を吐く。こうして二人で身体を重ねるのはいつ以来だろう。あまりの気持ちよさに、つながったところから身体が溶けて、ひとつになりそうな気が下。
「若……」
とろけた声で呼び、視線を辿らせる。
茫洋とし、中空を見つめる若の頬へ口付を落とす。呼吸が整わないままでも、触れあえることが嬉しくてつい何度も。
「……岱、今は」
若が俺の頬を両手で挟み、唇を重ねた。啄むように何度も重ねたそれから、互いの呼吸を奪うようなそれに変わるのに時間はいらなかった。
一度身体に灯った欲のそれは、未だ消えていない。どちらともなく、再びその熱へ溺れた。
鳥のさえずりに目を覚ましたものの、瞼が尋常じゃなく重い。朝になれば、すっきりと目が覚めるはずなのに泥のような眠気が身体に纏わりついている。
何とか起き上がらねばと上体を起こしたけれど、それでも眠気は振り払えない。いくら昨晩盛り上がったからといって、こんなに眠くなるものだろうか。
「起きたか、馬岱」
いつの間に目を覚ましたのか、若は既に寝間着から着替え終わっている。
若、今日は眠くないんですかい。
そう尋ねようとした声が掠れて咳き込み、慌てた若に寝台へ戻された。
「無理に起きなくていい、次はお前の番だ」
「何が……」
一体何の話か検討もつかないでいると、姫が慌てた様子で寝室に飛び込んでくる。昨日の情交が色濃く残る寝室に飛び込んできたとなれば胆が冷えて目も冷めるのがいつもの俺だろうに、今日はそのどれもがうすぼんやりとしている。
「父上っ、潼関に!」
「俺が出たんだろう?」
もうわかっている、というように若はぐるりと肩を回した。手合せの前、出陣の前、よく見る仕草だった。
「そのための眠りだったんだな」
口元に僅かに笑みを湛え、俺の頭を撫でる。
「だから馬岱、今はただ休んでいろ」
髪を梳く指が優しく、心地良さに一度目を瞑ってしまうともう開くことが出来ない。せめて見送りくらいしたかったのに。
次に目覚めたとき、俺はどうなっているだろう。若は。考えたいことはあるのに、眠気に絡め取られて何も考えられない。
「いってくる」
声だけが聞こえる。寝室の扉が閉まる音、遠ざかる足音。もう半ば夢の中だ。それなら今はただ、眠ってしまおう。考えるのは起きてからでもいいはずだ。
目覚めた時、何が変わっているのだろう。それを楽しみに、意識を手放す。もし次に目が覚めるなら、若に乗っかられて居てもいいな、などと考えながら。