【WEB再録】例えば星が落ちるなら(16/8)

 寝台に臥せった若の横顔を見ながら、風の吹く音を聞いている。荒涼とした冬らしくごうごうと吹き荒れるそれは、未だ長い冬の象徴のようで、少し気が滅入る。
 火鉢を一つ、部屋に置いている。炭は赤々と燃え、けれど暑いわけではなくほのかに空気を温める。時折差し込む隙間風で、部屋の空気が変わるのがちょうど良かった。
 眠る若の横顔を見ている。ゆっくりと上下する胸を、ずっと見ている。伸ばしたままの髪は変わらないのに、頬がほっそりと痩けてしまったのは見るに明らかだった。
「春になったら、一緒に出かけようね」
 馬超はゆっくり首を降る。
「俺はできない約束はしない主義だ」
 やせほそった指、背はまっすぐ伸びているが虚勢だと知っている。
「そんなこと言わないで……」
 泣きそうになるのをこらえたら声が上ずった。最後に残した身内だから、ずっとその背を追いかけてきた人だから、たったひとりの愛しい人だから。
「お前は賢いから、もうわかっているだろう?」
「若だって、わかっててそれを言ってるんだとしたら、相当性格悪いよ!」
「悪いさ」
 くつりと笑う若の顔は青い。
「お前を残して逝くというのに、最後までお前の心に残るつもりでいる、悪い奴だろう」
「若」
 もうこれで最後かもしれない、と思うと声が上ずる。それでも呼ばないではおれない、次があるとは限らないと思うからこそ余計に。
 
「知らせなかったこと、どう考えていますか」
「諸葛亮殿なら、そうするだろうなって」
 南征の間に、若はあっさりとこの世を去った。
「俺が向こうでやけ起こしたり、今すぐ帰るって言い出したら困るでしょ」
 誰一人、欠けられない状態である。人が、足りない。
「若、何か言ってた?」
「同じ風の音をずっと聞いていると」
 肉体はすでに荼毘に伏し、葬儀はこれから行うことになるらしい。
「……色々、すいません」
 諸葛亮殿は僅かに、唇を噛んだ。そういえば彼は自分より年若い青年であったことを思い出し、その肩をぽんと叩く。
「死は誰にでも訪れるものだし、それに」
 風が吹いた。ここが薄闇の諸葛亮殿の庵の中で、灯った明かりがわずかに揺れるようなかすかな風だ。
「若はずっと、俺の中にいるからね」
 胸を叩く。嘘でも、慰めるための言葉でもなかった。ただ、本当にそうだと感じている。だって、俺の中にも同じ風が吹いているから。